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不堪の聞え、無下の瑕瑾

小中高校生のころ、よくCGI日記やらブログを書いて、仲のよい友達だけでシェアしたりしていたけど、20代後半にも入って恥を知り昔のように気軽に文章がシェアできなくなってしまった。でもその所為でむしろ書く機会が減って文章の書き方がわからなくなってきたような気がする。時々書いてみるんだけど一文が長すぎるのだ。日本語の本の中では舞城王太郎「煙か土か食い物」冒頭の不眠症時代の奈津川四郎のモノローグが好きで読みまくっていたせいか普段の思考回路もあんなかんじで回ってしまって、それが日本語技術ではなく表面的なカタチとして自分の癖になってしまったかもしれない…(ネット上にある舞城の本を読んだひとの感想とか読むとそうやって「文章がダラダラと長い」ところだけを真似してるひとが多くて、ああやだわ、と思うわりに、自分もいつの間にかそうなっている気がする。見直すのもダルいので一文の主語述語が噛み合ってなかったりする ←まずは自分の文章を校閲するところから始めるべきである)。吉田兼好も徒然草150段で曰く「天下のものの上手といへども、始めは、不堪の聞えもあり、無下の瑕瑾もありき」と言ったし(151段で「年五十になるまで上手に至らざらん芸をば捨つべきなり」とも言ったが)私も下手なら下手なりにせめて文章を書くことに慣れるだけでもしようかしら、と思い、ブログを数年ぶりに始めてみようと思います。