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Thank you for being late 読書メモ

Thomas Friedman による Thank you for being late を Chapter 5 まで聞いた(約6時間、全体の 1/3 くらい)。ここまではムーアの法則による IT 技術の加速、そしてその IT ビジネスによるグローバリゼーションの加速についてで、このあと環境問題の加速について書いてあるみたい。

私が読んだところはまだ第1部の「加速化時代を紹介している」ところで、彼の本題である「加速化時代をどう生き抜くか」のメッセージには達してきていないのだけれど、それでもちょっと楽観主義にすぎると感じる。「恐ろしい加速化時代の生き方を紹介!」という本だと思い込んでいた。だから内容的にも、「この加速化時代の恐ろしさを紹介」し、その後「そんなに怖がることないよ」という内容かとやはり勝手に思い込んでいたのだけど、予想が外れて複雑な思いをしている。勝手に思い込んだのは私なのだけど。

というのも、トマスフリードマンは中東担当だという印象が強かったのだけど、それだけじゃない、超 pro-IT だった。そういえば今週もトランプが ban したときに「ジョブズの生まれの父もイラン人だった」とツイートしていたし、今日の彼の NY Times のコメンタリーでもシリコンバレーのCEO向けに「お願いだからグローバリゼーションや自由主義を守るために戦ってくれ」という手紙を出している。つまり彼は IT に対してスーパーポジティブであった。まあ IT は素晴らしいというのはわかるんだけど一応IT技術に付随する懸念も、賛成しなかったとしても概念としては紹介してくれたほうが客観的に見えて彼の意見の説得力も上がり得るのに。

というのも:彼はマイクロチップやクラウドや hadoop や github や CDMA (2G, 3G, 4G) などの歴史を紹介し、その話の全てで「こんな短い期間に爆発的に技術が発展するなんて、誰も予想しなかった!」「とんでもない速度で加速化していて、次にどこに行くのか、全くわからない!」的な書き方をしてるのだけど、IBM の人工知能 Watson を紹介したところだけで「人工知能やマシンラーニングは、"与えた情報" を学ぶだけなので、これが暴走する可能性はゼロだと IBM は言っている」だとか「たとえばガン患者の画像をたくさん学習して、ガンの有無を早く判断する;これによって医者の仕事が奪われるのではなく、医者は患者と接する時間を増やすことができるのだ」とか、突然テンションが変わった。今まで「加速スゲーヤベー想定外」と散々言いつづけているのになぜ人工知能になって「これは大丈夫」と言うのが単に不自然。明らかにメッセージが意図的である。まあこの人工知能について書いている数パラグラフ以外はほとんど素晴らしいと思ったのだけど、人工知能対してはなぜこうもディフェンシブなのか?Elon Musk など懸念を表明している人もいると、一言書いてもいいんじゃない?

それに彼のそれまでの文章を読んでると、逆に論理的に人工知能あぶないなと説得される。「"与えた情報"だけを処理するから大丈夫、問題ない」といってるけど、与える情報を変えれば危険度も変わるじゃないか?むしろ心の善良な市民が開発した人工知能のポテンシャルが高くなりすぎた後に、たとえば戦争が起こったりしたら大変である。まさに超大国アメリカを作り上げた後にトランプが核スイッチをゲットしたような状態である。最近なに考えてもトランプにつながるのが自分でも憂鬱。

その他、IT を使ったグローバリゼーションについてもかなりポジティブに紹介している。私もそのポジティブネスには反対はなくて、たとえばインドとかトルコとか世界中の貧しい国でもパソコンさえあれば MIT のオンライン無料授業につなげるとか英語とプログラミングを習ってビジネスができるとか言っている。そして世界中が光ケーブルやブロードバンドで一瞬で繋がって世界がフラットだとも言っている。ただ、この「ポジティブな世界観」は10年前くらいから言われてる世界観であって、それが最近あまりにも加速しているのが恐怖である、と私的には思ってたのだけど、この5章まで読んだ限り、これ以上深入りはしなかった。という意味で期待しすぎだった。自分の不安を投影していただけか。

聞いててなんとなく思ったのは、世界はフラットだ、グローバリゼーションが加速している、とは言ってるけど、でもそれは超ハイテク技術を駆使してる人たちが同じバブルの中で住んでいるというだけな気もする。確かに世界中の tech savvy な人たちは airbnb や uber や twitter や fb や periscope やあれやこれやそれを駆使して世界中繋がってる感を感じてるけど(私もだけど)、でもたとえば私の親は違うし祖父母も違うし、日本のあまり tech savvy じゃない友人達も「インスタやってる〜!」とかいう程度だと思う。savvy な人や優秀な人たちがどんどんビジネスやって金儲けをしていって、人工知能も進んでって脳を使う仕事も減っていって、そのtechな世界を知らないひとたちは「なんかよくわからんけど仕事が減ってきたぞ」って感じにはならないのかなあ。Tech/English ができるひととそうでないひとの格差時代とかないの。っていう議論をしているひとは沢山いそうである。この辺の「加速化は素晴らしい一方で闇もある」が語られる本だと思ってたんだけど、いまんとこ微妙?とかいって読み進めたらむっちゃそういうチャプターあるかもしれないのでいまはなんとも言えない。

でも確かに「優秀」の形は変わった;昔は Stock と Knowledge の時代だったけどいまは Flow の時代だと。地道に頑張って報われるのではなく Flow に乗り続けるひとが生き残る。そしてこれを聞くと、確かにいま物質的に貧困な人たちが救われる時代は来てるだろうしそれは「誰にでもチャンスがある」という意味では素晴らしいんだけど、違う形の格差が出てくるのは目に見える。グローバリゼーションによって優秀さや能力や特権の順位が突然ミックスされてカオスが起こるのだ。日本は出る杭が打たれまくるのでこのアイデアが適用できるかはわからんけども。